未知の変化を受け入れる

こんばんは。

外池康剛(トノイケヤスタカ)です。

ドンと初めてワークした時とても印象的だったやり取りがあります。

僕に対してだけでなく、ドンはレッスンに臨む生徒さん全員に必ず

「このレッスンで良くなっても構わない?そしてこのレッスンで悪くなっても構わない?」

と少し悪戯めいた笑顔で質問をしていました。

「悪くなっても構わない?」

というのはちょっとキツい洒落のようにも聞こえますが、何しろ彼は本当に全員に必ずそれを聞いていたので、私も初めて習いにきた特権(?)とばかり思い切って

「それ、誰にでも聞くの?」

と質問してみました。

ドンの答えはもちろん!と言わんばかりのはっきりとしたYesでした。

そして

「悪くなっても構わない?」

という質問の意図も彼は丁寧に教えてくれました。

決して洒落や冗談で生徒に問いかけているのではないのです。

ドンがこれを尋ねる意図は、生徒に

「変化を受け入れる」

決意があるかを確認することです。

技術が上達するというのは変化するということです。

そして、おかしな言い方ですが、技術が衰えるというのも同じく変化するということです。

どちらも同じ変化ですが、上達はしたいけど、下手にはなりたくないという気持ちが私たちには当然あります。

皮肉なことに、この気持ちが

「変化すること」

そのものを邪魔してしまうことがある。

それを取り除くためにドンは一人一人に「変わる決意」を都度に問いかけていたのだということでした。

もちろん、下手になることをドンが目指してレッスンしているわけではありません。そうではなくて、ドンの考えるアレクサンダーのレッスンの大きな目的は生徒が変化を体験することにあり、その変化を受け入れること、変化に同意することは、突き詰めると自分が

「悪くなる」

ことすら拒まないほどに自分自身を開くことを意味しているのです。

そして、不思議なことに?そうして悪くなることさえ受け入れる決意を持って臨むレッスンではほとんどいつも必ず、結果として生徒さんはより自由で繊細な動きを手に入れていました。

(私はテューバの演奏もレッスンしてもらいましたが、周りも驚くくらい明らかな音色の変化がありました。)

未知の変化を受け入れることがこのワークの決定的に重要な心構えであることをドンのワークは毎回新しい体験として教えてくれます。

同じことは決して繰り返されないけれど、目指すべき在り方はいつも同じなのです。

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